資料記号

maregaA12

標題

フォンド・マレガ ファイル A12

年代
1689年~1802年
主年代
1889年、1718~1727年、1801~1802年に集中する。
年代注記
元禄2年(1689)、享保3年(1718)~享保12年(1727)、享和元~2年(1801-1802)
記述レベル

ファイル

数量
レコード数1,041点(A12.1.0~A12.7.78) 内訳:帯状包紙12、紐23、紐(文字付)1、袋7、紙片1、状953、状(貼紙あり)43、包紙1
物的状態注記
A12は、7つの楮紙製の袋に収納された文書からなる。収納は文書の作成年代と内容を基準になされ、袋に表書きされる年代と、実際に収納される文書個々の年代はほぼ一致する。資料形態は状が95.6%を占めている。
出所/作成
マリオ・マレガ(マレガが収集した切支丹関係資料の主な出所は臼杵藩宗門方)。
地名
イタリア、大分県臼杵市、大分市、東京都目黒区碑文谷
役職等
サレジオ会宣教師(なお、切支丹関係資料の大半は臼杵藩宗門方)
伝来
1953年にマリオ・マレガによってバチカンに寄贈
範囲と内容

ファイルA12は、物的状態で記した通り、宗門方を原出所とする楮紙製の7つの袋入の文書群と、それに付随するマレガを出所とする紐、メモなどからなる。袋の表面記載される年代・収納文書内容は次の通りである。

(A12容器表題等)
A12.1 享保三戌年十一月廿一日より同四亥年六月廿日迄 類族死失 342点
同.2 享保十二未六月廿一日より同十二未十一月廿日迄 類族死失変死書付 236点
同.3 享和元酉年十二月廿一日より同二戌年十一月廿日迄 類族死失変死書物 202点
同.4 享保十二未六月二十一日より同十二未十一月廿日迄 類族出生 59点
同.5 享保九辰年十二月廿一日より同十巳年六月二十日迄 類族出生 124点
同.6 (元禄2年)奉公人出生子之書付入 10点
同.7 享保十一午年六月廿一日より同十一月廿日迄類族出生 80点

各袋に収納される文書の年代・内容は、袋表の記載される年代・内容とほぼ一致している。ただし、袋内の文書は、マレガによるペンによるメモを記したパルプ使用の紙帯や、麻紐などで複数のまとまりをなしている。収集時の状態を維持した整理の結果である可能性もあるが、原出所の宗門方での文書群のあり方と、マレガの整理によって作られた文書群の秩序については、一層の検討が必要といえそうである。

資料の形態は竪紙がほとんどで、切紙、継紙が一部みられる。その内容は、臼杵藩領内の転び切支丹「本人」また切支丹であった時にすでに誕生していた子供「本人同然」の子孫である類族の出生、死亡、婚姻、養子に関するものである。袋の表書きにあるように出生、死亡に関するものが大半であり、その身分は圧倒的に非武士であり、名前などから、僧侶や神職、医師などと推測される者も含まれる。

出生届の場合は、「本人」「同然」との続柄、出生者名、出生日が本文に記載され、出生者の親や居住地(村名など)が注記される。差出は庄屋1名、宛先は宗門方(奉行)3名である。

死亡届の場合は2通1組になっているものがほとんどであり、1通は村役人から宗門方へ、もう1通は寺から宗門方へ出されるものである。記載は、「本人」「同然」の居住地と名前、死亡類族との続柄、死亡類族の所在村名、死亡日、死因が記載され、死骸に異常がないことの確認などであり、差出人は五人組、弁指、庄屋が名を連ね、宛先は宗門方(奉行)3名である。なお、差出人は、五人組、弁指、庄屋の署名者数は一定ではない。寺からの届けは、村からの届出の内容から死因を省いた内容が中心となり、土葬、火葬の別、遺体の確認の主体を住職として記載する。差出は住職1名、宛先は宗門方(奉行)3名である。

使用言語
日本語、伊語、英語(新聞)
記述日
2017/11/13
記述者
岡村一幸
参照用画像