古事類苑>地部十五>近江國>國府
第 2 巻 1167 頁 画像表示

20頁後へ次のページへ   前のページへ20頁前へ
 京極宰相高次六万石居城大津 若州小濱江所替 慶長五年ヨリ 戸田左門一西三万石 同高 左門氏鐵 元和三年攝州尼ケ崎江所替 元和三年ヨリ 本多縫殿助三万石〈康俊〉 嫡子下總守俊次代ニ三州西尾江所替 元和六年ヨリ 菅沼織部正三万石〈芳定〉 寛永十一年丹波龜山江所替 寛永十一年ヨリ 石川主殿頭忠綱七万石 嫡子昌勝代ニ勢州龜山ヘ所替 慶安四年以後 本多下總守七万石〈俊次〉 同兵部少輔康將同高 當城主 六万石 隱岐守 外壹万石舍弟伊豫守領之、兵部子也、隱岐守從弟也、 仁正寺同國 〈江戸ヨリ百六リ〉 市橋下總守壹万八千石 小室同國 江戸ヨリ百リ餘 小堀和泉守壹万二千石 大溝同國 〈江戸ヨリ東海道百二十七リ 美濃路百十一リ〉 分部隼人正二万石 同國御代官 猪飼次郞兵衞二百石土山 猪狩十助六百石永原 小野半之助六百石大津 小野長左衞門二百石大津 一且吉兵衞二百石 小堀源右衞門六百石 金丸又左衞門二百石 同大津御藏衆 福島八左衞門 鈴木三左衞門 布施庄右衞門 長坂新右衞門

國府
〔倭名類聚抄  五國郡〕
近江國〈國府在栗本郡、行程上一日、下半日、〉

〔伊呂波字類抄  安國郡〕
近江國 栗本〈府〉

〔近江國輿地志略  二建置沿革〕
國府 今按るに、勢多橋本村の邊ならん歟、順和名抄に曰、國府在栗本郡云々、拾芥抄にもかくのごとくしるされたり、 臣 勢多をもつて國府といふもの私説にあらず、延喜式の齋宮式に、頓宮は近江の國府とあり、花鳥餘情に、瀬田の頓宮は、波齋宮の御額の御櫛を徹して、宮に入たまふ處なりとしるせり、これをもつて見るときは、國府を勢多とするもの明なり、