古事類苑>地部十四>常陸國>雜載
第 2 巻 1149 頁 画像表示

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流るなり、小川なり、後撰戀の歌に陽成院、 筑波根の嶺より落るみなの川戀ぞつもりて淵と成ける 霞山 霞崎 霞の里 ひとつ所也 昨日まで染し氣色を引かへて明る霞の山ぞのどけき ほのかにもしらせてしがな東なるかすみの浦の海士のもしほ火 足雄山 シヅクの森 御牧ミマキ 戀瀬川

雜載
〔延喜式  二十八兵部〕
諸國健兒〈◯中略〉 常陸國二百人〈◯中略〉 諸國器仗〈◯中略〉 常陸國〈甲六領、横刀廿口、弓六十張、征箭六十具、胡簶六十具、〉

〔日本書紀  三十持統〕
元年三月己卯、以投化高麗五十六人于常陸國、賦田受稟、使生業

〔續日本紀  九聖武〕
神龜元年三月庚申、定諸流配遠近之程、〈◯中略〉常陸〈◯中略〉國爲遠、

〔萬葉集  十四東歌〕
筑波禰乃ツクハ子ノ爾比具波麻欲能ニヒグハマユノ伎奴波安禮杼キヌハアレド伎美我美家思志キミガミケシヽ安夜爾伎保思母アヤニキホシモ、 或本歌曰、多良知禰能タラチ子ノ、又云安麻多伎保思母アマタキホシモ、 筑波禰爾ツクハ子ニ由伎可母布良留ユキカモフラル伊奈乎可母イナヲカモ加奈思吉兒呂我カナシキコロガ爾努保佐流可母ニノホサルカモ、 右二首、常陸國歌○○○○、〈◯中略〉 相聞 筑波禰乃ツクハ子ノ禰呂爾可須美爲ネロニカスミヰ須宜可提爾スギガテニ伊伎豆久伎美乎イキヅクキミヲ爲禰氐夜良佐禰ヰ子テヤラサネ、 伊毛我可度イモガカド伊夜等保曾吉奴イヤトホゾキヌ都久波夜麻ツクバヤマ可久禮奴保刀爾カクレヌホドニ蘇提婆布利氐奈ソデハフリテナ、 筑波禰爾ツクハ子ニ可加奈久和之能カガナクワシノ禰乃未乎可子ノミヲカ奈岐和多里南牟ナキワタリナム安布登波奈思爾アフトハナシニ、 筑波禰爾ツクハ子ニ曾我比爾ソガヒニ美由流ミユル安之保夜麻アシホヤマ安志可流登我毛アシカルトカモ左禰見延奈久爾サ子ミエナクニ、 筑波禰乃ツクハ子ノ伊波毛等杼呂爾於都流美豆イハモトヾロニオツルミツ代爾毛多由良爾ヨニモタユラニ和家於毛波奈久爾ワガオモハナクニ、