古事類苑>天部一>雪>不時降雪>降雪賜物
第 1 巻 213 頁 画像表示

20頁後へ次のページへ   前のページへ20頁前へ


〔隨意録  四〕
江都氣候、三冬雖温、然歳中雪希、而至春或屢雪、年年多爾、然不日而消釋、今玆文化六年十月廿五日初雲、寒亦甚、十一月十三日十四日、兩日雨、夜雪平地可周尺二三尺、爾後日日寒太甚、經三旬而雪不消、十二月十三日復雪、至十五日歇、不雪處、積五六尺、廿六日暮至廿七日又復雪、踰年乃正月二日夕至三日朝、又復雪、八日又終夜雪、十二日又雪、而去冬十月初旬以來、至春不雨、故十一月之大雪不消、而乃又驟尚之、積素殆埋檐、予東都之住、五十年來、未曾之有也、且聞古來大雪國奧羽及信越、則去冬雪淺於例年、平地不尺、二總二毛、亦猶少於江都、笥荷山亦不於平歳、此去冬以來大雪、不乎武州界也、地氣之變化、實不測也、

〔北越雪譜  初編上〕
雪の堆量 余〈◯鈴木牧之〉が隣宿六日町の俳友天吉老人の話に、妻有庄にあそびし頃聞しに、千隈川の邊の雅人、初雪より〈天保五年をいふ〉十二月廿五日までの間、雪の下る毎に用意したる所の雪を、尺をもつて量りしに、雪の高さ十八丈ありしといへりとぞ、此話雪國の人すら信じがたくおもへども、つら〳〵思量に、十月の初雪より十二月廿五日まで、およその日數八十日の間に、五尺づヽの雪ならば、廿四丈にいたるべし、隨て下ば隨て掃ふ處は、積て見る事なし、又地にあれば减もする也、かれをもつて是をおもへば、我國〈◯越後〉の深山幽谷、雪の深事はかりしるべからず、天保五年は我國近年の大雪なりしゆゑ、右の話誣ふべからず、

〔武江年表  九〕
嘉永六年正月十六日、朝より大雪尺に滿つ、翌十七日より十八日まで三日の間、大雪降つもる、〈十八日申刻に止む、但し十七日より夜へかけて降りたり、七旬の老翁もかヽることは見ずと、〉

不時降雪
〔日本書紀  二十二推古〕
三十四年六月、雪也、

〔三代實録  二十七清和〕
貞觀十七年六月四日乙卯、太政官曹司廳南門、雪花散落、

〔日本紀略  六圓融〕
貞元元年七月廿六日辛卯、朝雨雪如霜、

〔日本紀略  十二三條〕
長和二年三月廿四日乙卯、東西山雪降、京中大寒、去十四日立夏也、人以爲恠、