掲載作品解説
【はじめに】
 この「歴史人物画像データベース」は、人間文化研究機構国文学研究資料館の文学形成研究系プロジェクトの内、「古典形成の基盤としての中世資料の研究」による研究成果として作成されたものです。
 日本や中国の古典籍には、その人物の生き方や特徴の観点から類似する人物を集成した列伝を1作品の書物にまとめたものが少なくありません。それらの中で、絵画と人物伝がセットになったものは、現代で言えばマンガ・絵本のように、初等教養段階か低年齢の読者を想定して作られるものが多といえます。そのため、たとえば「百人一首」の続撰本のように、文字だけで構成された人物叢伝よりも厳選され、絞り込まれた人物を扱うものが多いという特徴を持つといえるでしょう。
 こうした特質に着目して、古今の人物群から取材された典籍で、絵入りのものについて集中的な調査を行うならば、「日本人が知っていた本当に有名な人物は誰か」ということを証するための有効な指標が求められることにもなるでしょう。「歴史人物画像データベース」は、そのような構想のもとに作成されています。
 
◇若鶴百人一首ヤ5/196]
編纂者、挿画作成者未詳。弘化3年(1846)版と安政3年(1856)版、文久3年(1863)版等あり。従来の『小倉百人一首』に、図絵・注釈などを加えた作品。女訓物と合冊という体裁で、女子への教育を目的として作られた。
 
◆百人一首図絵[タ2/208/1-3]
田山敬儀の編纂。挿画作者未詳。文化4(1807)版(初刊)と文政5年(1822)版がある。
従来の『小倉百人一首』に、図絵・注釈などを加えた作品。
 
◇武勇魁図会[ナ4/148/1-2]
撰者未詳、渓斎英泉の画で弘化年間に刊行された。初編と第二編の二部構成で、頁の体裁としては見開きで2〜3人の人物を載せる形をとる。
日本の文学作品(神話・伝説から物語まで)の中で武勇・戦闘に関する挿話を持つ人物達、
神代の神功皇后、武内宿彌から『太平記』に登場する篠塚伊賀守重広はおろか、八犬士までも載せ、彼らの武勇譚を示す挿画と、またその場面に関する簡単な説明を添える。
 
◆本朝百将伝[ヤ1/17]
撰者、挿画作成者ともに未詳。明暦2年(1656)刊行。
道臣命(『古事記』『日本書紀』に登場する神武天皇の臣下)から豊臣秀吉(天文6年〔1537 〕〜慶長3年〔1598〕)まで。日本歴史上で武勇の誉れ高く、また朝廷に忠義を尽くした武人達の歌100首。頁上段には各人の略伝あり。
 
◇英雄百人一首[ナ2/202]
緑亭川柳(天明7年〔1787〕〜安政5年〔1858〕)の撰。出版年によって挿画作者が違っている。天保15年(1844)版・嘉永元年(1848)版は歌川貞秀(文化4年〔1807〕〜明治12年〔1879〕頃)。弘化2年(1845)版は松川半山(文化15/文政1年〔1818〕〜明治16年〔1883〕)。
神代の素盞鳴尊(『古事記』『日本書紀』等に登場する武勇・和歌・疫病除けを司る神。天照大神の弟とされる)から足利義尚(寛正6年〔1465〕〜延徳1年〔1489〕)まで、武勇の名高き人物(神話・伝説上の存在も含む)の歌100首。頁上段には各人の略伝あり。
 
◆義烈百人一首[ナ2/7]
緑亭川柳(天明7年〔1787〕〜安政5年〔1858〕)の撰、葛飾北斎(宝暦10年〔1760〕〜嘉永2年〔1849〕)らの挿画で嘉永3年(1850)に刊行。
源実朝(建久3年〔1192〕〜建保7年〔1219〕)から加藤清正(永禄5年〔1562〕〜慶長16年〔1611〕)までの義人と烈女、すなわち朝廷に忠義ある者(武将、公家、僧侶、女性[烈女:「列女」と同義で、忠義・貞節など、儒教的道徳観において称揚されるべき徳を備え世に示した女性のこと])の歌100首。頁上段には各人の略伝を配置。
 
◇武家百人一首[ナ2/212]
賞月堂主人の撰、玉蘭斎貞秀[歌川貞秀](文化4年〔1807〕〜明治12年〔1879〕頃)
の画。万治3年の跋文あるも詳細な刊行年は不明。
源(六孫王)経基(生年未詳〔9世紀末頃か〕〜天徳5年〔961〕)から足利義尚(寛正6年〔1465〕〜延徳1年〔1489〕)まで。各人の略伝を頭注に置く体裁。
 
◆秀雅百人一首[ナ2/194]
緑亭川柳(天明7年〔1787〕〜安政5年〔1858〕)の撰、葛飾北斎(宝暦10年〔1760〕〜嘉永2年〔1849〕)等(他に一勇斎国芳、柳川重信、渓斎英泉、一陽斎豊国):画。弘化5年刊行。
祝部清風から中江藤樹(慶長13年〔1608〕〜慶安元年〔1648〕)まで百首。頁上の欄には各人についての略伝を掲載。
 
◇続英雄百人一首[ナ2/203]
緑亭川柳(天明7年〔1787〕〜安政5年〔1858〕)の撰、玉蘭斎貞秀(文化4年〔1807〕〜明治12年〔1879〕頃)等の画。天保15年刊行。
先に刊行された『英雄百人一首』の拾遺編。源頼義(永延2年〔988〕〜承保2年〔1075〕)から伊達政宗(永禄10年〔1567〕〜寛永13年〔1636〕)まで100人。上欄には略伝。