古事類苑>地部四十四>山下>高山>山城國愛宕山
第 3 巻 756 頁 画像表示

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山城國/愛宕山
〔伊呂波字類抄  安國郡〕
愛宕護山〈アタコヤマ 山城葛野郡、七高山之一也、〉

〔書言字考節用集  二乾坤〕
愛宕アタゴ山〈城州葛野郡、號手白山白雲寺、祭神二坐、伊弉册尊、火産靈尊、本地勝軍地藏、〉

〔國花萬葉記  二下山城〕
愛宕山 王城の正方西也、行程三里餘、京三條通より西へ出て、さいしやうがはら、惟子カタビラの辻、太秦ウヅマサ、さが迄二里也、さが中の院より一の鳥居にかヽる、是より坂道五十町也、コヽロミの峠爰にくつかけの松有、キヨ瀧川橋有、火打權現清瀧より四丁、境の松迄五丁目、是より高雄栂尾トガノヲみゆる、杉の本は大なる杉有、是より月の輪觀音堂みゆる、日ぐらしの瀧あり、是より興にかはらけを谷間へなぐるなり、大岩二十六丁目、是より丹波龜山の城みゆる、 下の茶屋上の茶や、此所ちまきの名物也、

〔倭訓栞  中編一阿〕
あたご 愛宕をよめり、神名式に、丹波國桑田郡阿多古神社とみゆ、〈◯中略〉登壇必究にも、日本愛宕山と見えたり、今は山城に屬せり、一説に、神社もと洛北鷹峯の東に在しを、光仁帝の元年に、慶俊今の地に移して、愛宕護山と號すといふ、

〔山城名勝志  九上葛野郡〕
愛宕護山 諸社根元記云西ニ八咫ヤタノ嶺アリ、日ノ神岩戸ヲ出サセ給フ、其御光ノサシムカフケシキ、八咫ノ鏡ニ顯レタルヲ、名付テヤタノ峯ト云フ、後世ノ人アタゴノ山ト云、 〈拾遺〉なき名のみ高をの山といひ立る人はあたごの峯にや有らん、八條おほい君、 〈玉吟〉我宿はそなたを見てぞなぐさむる誰かあたごの山といひけん、家隆、

鞍馬山
〔國花萬葉記  二下山城〕
鞍馬山 都の北に當りて行程三里也、寺町通北の頭くらま口より、御ぞろ池畑枝ハタエダと云在所へかヽり市原村へ出る、又室町通よりかもへ行すぐに、市原へ出る道有、鞍馬山下向に僧正が谷へ出、きぶねへ出ル道者、僧正が谷に義經の名跡數多有、