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地部三十七
道路
道路ハ、ミチト云ヒ、古クハチトノミモ云ヘリ、大化改新ノ制京師ヲ發シテ四方ニ達スル大道ヲ驛路ト云フ、即チ國道ナリ、後之ヲ東海、東山、北陸、山陰、山陽、南海、西海ノ七道ニ分ツ、七道ノ名モ亦原ト國道ノ稱ニシテ、其道ノ遠近ニヨリテ、國々ノ行程ヲ定メ、其前後ヲ分チタリ、古史ニ、道ノ口、道ノ後ナド書シ、國ヲ割キテ前後上下ヲ稱セシガ如キ即チ是ナリ、徳川幕府ノ時ニハ、東海道、中山道、日光道中、奧州道中、甲州道中ヲ五海道ト稱シ、共ニ江戸ヲ起點トス、又水戸佐倉海道、伊勢路、中國路等アリ、之ヲ本海道ト稱シ、其他ノ支路ヲ脇往還ト稱ス、行程ヲ稱スルニ、上代ハ日程ヲ以テシ、後世ハ里程ヲ以テス、里程ニハ六町ヲ一里トスルアリ、三十六町ヲ一里トスルアリ、或ハ五十町一里トスルアリテ、地方ニヨリテ往々其法ヲ異ニシタリシガ、徳川幕府ノ時ニ至リテ、三十六町一里ノ法ニ從ヘリ、當時道路ニハ、一里ゴトニ堠アリ、是ヲ一里塚ト云ヒテ、里程ヲ知ルニ便ニシ、又道ノ兩旁ニ並木アリ、以テ休憩及ビ寒暑ヲ避クルニ便ニセリ、此篇ハ、地總載篇七道條、皇都篇京城區畫條、諸國篇道路條、及ビ政治部驛傳篇等ニ關聯スル所アレバ、宜シク參看スベシ、
名稱
〔伊呂波字類抄  見地儀〕
路〈ミチ大路小路〉