古事類苑>地部二十六>備後國>村里
第 3 巻 631 頁 画像表示

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村里/名邑
〔郡名一覽〕
一備後國御料私領 〈備州 東西二日半〉 拾四郡 高貳拾九万五千六百七拾八石八斗八升八合 四百九拾四ケ村 ●福山 百九十四里半 7f000063104f.gif●三原〈廣シマ三万七千石〉淺野甲斐 <上下 二百五里 ◯按ズルニ、本書ノ符號ハ、山城國篇村里條ニ引ク所ノ、本書ノ凡例ヲ參照スベシ、

〔郡國提要〕
備後 十四郡、四百九十四村、 高三十一万二千五十四石九斗三升二合 御料私領 御調郡五十九村 世羅郡四十九村 三谿郡三十八村 三上郡十八村 奴可郡三十九村 甲奴郡三十二村 沼隈郡四十三村 深津郡三十二村 安那郡二十九村 品治郡二十一村 蘆田郡二十八村 神石郡三十八村 三次郡四十三村 惠蘇郡二十五村

〔地勢提要  坤〕
郡邑島嶼奇名 備後 沼隈郡、水呑ミヅクミ村、トモ御調ミツキ郡、蘆田郡、行縢ムカバキ村、品治ホンヂ郡、万能倉マナクウ村、三谿郡、木乘村、志幸シカウ村、神石郡、花濟ハナスミ村、三次ミヨシ郡、

〔康正二年造内裏段錢并國役引付〕
合 壹貫文 大和兵庫助殿〈備後國柞戸村○○○段錢〉 三貫貳百廿文 大和彌九郞殿〈備後國十田村○○○段錢〉 參貫文 杉原新藏人殿〈備後國草原村○○○段錢◯節略〉

〔藝備國郡志  下備後土地〕
尾道○○ 屬御調郡、四民並居雜品之具無有、西洋海陸之通衢、而海客商夫必投宿於此、而資用於此、〈登壇必究謂尾道和奴密知

〔藝藩通志  三十三備後〕
尾道 疆域形勢 尾道町は御調郡の東南にありて、一大市聚たり、藩府廣島を去る十九里半、廣十町餘、袤五町餘、尾道の名義詳ならず、おもふに此地もとは海涯の地甚狹く、山足にそひて往來すれば、山の尾の道