古事類苑>地部十一>武藏國上>郡>都筑
第 2 巻 830 頁 画像表示

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〔新編武藏風土記稿  八十一都筑郡〕
總説 都筑郡ハ、其名義ノ起ヲ詳ニセズ、又國史等ニモ、コノ郡名ノアラハルヽモノヲイマダミズ、〈〇中略〉當郡ハ、國ノ中央ヨリイハヾ、南ノ方ニアタレリ、其郡ノ南ハ、相模國鎌倉郡ニ接セリ、ソノ餘ノ接界、多ハ橘樹郡ノ村々ニカヽリテ犬牙セリ、上代ノ界域ヲ考ルニ、ソノ地ノサマ變革多クシテ、古ノコトハ證スベキモノモ少ケレバ、今ヨリハ知ベカラザレド、和名抄ニ載ル所ノ地名ヲ以テ、今ノ地理ヲ察スルニ、東ノ方ヨリ南ニイタリテハ、ソノカミヨリ地形モ甚變革アリシニヤ、今ノ郡中ノ村ニ、昔ハ橘樹久良岐ノ兩郡ニ屬セシトオボシキモノアリ、マヅ本郡ニ現存ノ高田村ハ、和名抄橘樹郡ノ郷名ニノスル高田ナルベシ、又上星川村ト唱フルハ、久良岐ニ屬セリ、今久良岐郡ノ地ハ、南ノ方ニヨリテ、其間ニ橘樹郡ノ地、ワヅカニハサマリテアレバ、久良岐郡ハ今接地トハナラザルナリ、サレド正保元祿ノ圖ニハ、スベテ接シテミユレド、夫ヨリ後ノ沿革ナリ、ワヅカノ年代ニテスラ斯ノ如シ、又郡ノ東北ニカヽリテハ、皆橘樹郡ニ交リ、乾ノ方ハ多磨郡ニシテ、南ハ相模國鎌倉郡ニツヾケリ、郡ノ廣狹ハ、其サマ數郡ニ犬牙シタレバ、詳ニ辨ジガタケレド、凡東西ヘ三里ニスギズ、南北ハ四里半ニ餘レリ、土地ハ、スベテ陸田山林多ケレバ、谷間ノ平カナル處ヲエラミテ水田ヲ開キ、又西ノ方多磨郡ニツヾキタル處ハ、小山連リテ、土地モ高ク、東ノ方橘樹郡ヘハ、自ラナダレニ卑キ所ニ郡界セリ、土性多ハ眞土ナリ、

〔萬葉集  二十〕
天平勝寶七歳乙未二月、相替遣筑紫諸國防人等歌、 和我由伎乃ワカユキノ伊伎都久之可婆イキツクシカバ安之我良乃アシガラノ美禰婆保久毛乎ミ子ハホクモヲ美等登志怒波禰ミトヽシヌハ子、 右一首、都筑郡上丁服部於田、

〔夫木和歌抄  三十一郡〕
武藏守みつすゑくだりける餞に、都筑郡、 能宣朝臣 むかしのヽつヾきのこほり○○○○○○○つヾきつヽおの〳〵ちよを思ふべら也