古事類苑>地部十>甲斐國>雜載
第 2 巻 740 頁 画像表示

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石和川夏なき浪のよる〳〵は水のほたるのかげぞながるヽ 金峯暮雪 久世三位通夏卿 日のかげは暮てもしばし色はれぬ雪ぞこがねの峯にかヾやく 酒折夜雨 冷泉中納言爲綱卿 暮ぬまのあらしはたえて酒折にまくらかるよの雨になるやと 白根夕照 中山大納言爲親卿 此夕のこる日かげははれていまむかふしらねの雪ぞくまなき

雜載
〔延喜式  二十八兵部〕
諸國健兒〈◯中略〉 甲斐國五十人〈◯中略〉 諸國器仗〈◯中略〉 甲斐國〈甲一領、横刀三口、弓六十張、征箭卌具、胡簶卌具、〉

相模國
相模國ハ、サガミノクニト云フ、東海道ニ在リ、東北ハ武藏、西ハ甲斐、駿河、南ハ伊豆及ビ海ニ至ル、東西凡ソ十四里、南北凡ソ十一里、其地勢ハ、相模川國ノ中央ヲ貫流シテ、自ラ東西ニ兩分シ、東部ハ概ネ平坦ニシテ、其南方ニ於テ、僅ニ丘陵ノ起伏スルヲ見ルノミ、西部ハ山嶽重疊シ、殆ンド平坦ノ地ナシ、而シテ三浦半島ハ東南ニ突出シテ、實ニ東京灣ノ右翼ヲ爲ス、此國ハ古ヘ國府ヲ大住郡ニ置キ、足上アシガラノカミ足下アシガラノシモ餘綾ヨロギ大住オホミス愛甲アコカハ高座タカクラ鎌倉カマクラ御浦ミウラノ八郡ヲ管シ、延喜ノ制、上國ニ列ス、後世國ノ西北隅ノ一部ヲ分チテ津久井縣ト稱シ、恰モ郡ノ如クセシガ、明治維新ノ後、餘綾、大住ノ二郡ヲ合シテ中郡ト號シ、津久井縣ヲ廢シテ津久井郡ト稱シ、新ニ横須賀市ヲ設ケテ、一市八郡ト爲シ、神奈川縣ヲシテ之ヲ治セシム、