古事類苑>地部十>甲斐國>名所
第 2 巻 739 頁 画像表示

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を壹升と申也、其升を四ツに割、壹盃貳ツをば五合ト申し、三ツヲ七合五勺、四盃ヲ壹升と立申、

名所
〔和漢三才圖會  六十九甲斐〕
甲斐白嶺シラネ〈又云〉甲斐嶺 何國ともかひの白ねはしらね共雪降毎に思ひ社やれ後拾遺〈式部〉 黒駒山 自此望富士山、向正南也、至吉田總名郡内、都留郡内而織出綅絹、呼稱郡内柳條シマ、 夢山都人覺束なさに夢山をみるかひ有て行歸らん名寄 鹽山 指出磯鹽の山指出の磯に鳴ちどり君が御代をば八千代とぞなく古今 山梨岡 足引の山梨岡に行水の絶ずぞ君を戀渡べき續古今 穗坂牧 相坂のせきぢにけふや秋の田のほさかの駒をむつ〳〵と引堀川百首〈公實〉 逸見御牧 在巨勢郡、穗坂小笠原等、皆有牧出駒、都までなつけて引は小笠原へみのみまきの駒にぞ有ける家集〈貫之〉

〔甲斐名勝志  一〕
甲斐八景〈享保年中、柳澤侯依奏聞勅許、〉 夢山春曙 中院大納言通躬卿 きのふまでめなれし雪は夢山のゆめとぞ霞む春のあけぼの 龍華秋月〈龍華山永慶寺、享保年中、柳澤侯所建立也、在山梨郡若窪村、今廢、〉 武者小路參議實陰卿 名にしおはヾ峯なる秋の月やしる其曉の花のひかりも 富士晴嵐 入江民部權少輔相尚朝臣 吹おろすあらしを見せて一むらの雲もさはらぬふじのしら雪 惠林晩鐘 外山三位光顯卿 靜かなる夕のかねのこゑきヽて見れば心の池もにごらず 石和流螢 日野中納言輝光卿