古事類苑>稱量部>度>間竿>鐵尺
第 1 巻 25 頁 画像表示

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但二分は土入也、竪竿横竿兩人也、竿取一人ニ、百姓一人宛付ケ、數の合よみをさするなり、

〔善庵隨筆  二〕
西土の人は、步瑣細の事迄も、何くれとなく記載し、餘す所なき樣なれど、文に過ぎて、反りて實を失ふ幣あり、邦俗は文足らずして、傳ふべきをも傳へざる幣ありといへども、朴實舊を守るより、反りて古を存し、考證の資けとなることあるなり、今一事を擧げていはヾ、吾邦古へ唐制に倣ひ、尺に大小の二樣あり、大尺の一步は五尺、小尺の一步は六尺、これ五尺六尺と、名を異にする迄にて、大尺の五尺は、小尺の六尺、小尺の六尺は、大尺の五尺にて、度の長短に變りはなし、たヾ地を度る尺杖は、大尺の五尺を用ふることにして、雜令に、凡度地五尺を爲步とありて、定制の樣に思はるヽなれど、時に臨みて小尺を用ふることもあるにや、令集解に、和銅六年二月十九日の格を引きて、其度地以六尺步とも見えたれば、當時大小の二樣、とり交ぜ通用する事なりし、御家にては、紛はしき故を以てにや、慶長年中より、概して小尺の六尺を用ふる制度と爲し給ふめれど、昔より大尺の五尺を以て檢地せし所は、別に檢地帳を書き改むること無きも、其儘にて差し置かれ、若し新に檢地するときは、必ず御定法通り、六尺一步の間竿○○○○○○○を用ふるにぞ有りける、然るを地方懸りの有司、文字無きゆゑ一步を一分と心得違ひし、間竿に一分の有餘を加へ、一間六尺一分とし、二間竿にして、一丈二尺二分を用ひしより、遂には御規定の樣に心得、今日に至りては、六尺一分、天下の制度となりたり、廣大なる地面の上にて、何の損益ありて、一分を加へ給ふの理あらんや、六尺一步なればこそ、今に檢地帳奥書に、六尺壹步之間竿を以て、壹反三百步の積御檢地相極と書き來ることなるを、或人の六尺一分と書きて、指し出だしヽことの有りしに、該府にて、壹步と書く仕來の法に相違するとて、步の字に書き直し被申付之由、故に縣令も其跟官も、何の故とも知らず、只此步の字のみに限り、分の字に書くまじきことの樣に心得、堅く先規を守ることにぞ有りける、若し容易に分の字に書き