古事類苑>歳時部十六>五月五日>?
第 1 巻 1176 頁 画像表示

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〔新撰字鏡  米〕
7f0000650b3e.gif、粽、〈三形、作王反、去、並知萬支、〉

〔倭名類聚抄  十六飯餅〕
糉 風土記云、糉、〈作弄反、字亦作粽、和名知萬木、〉以菰葉米、以灰汁之、令爛熟也、五月五日啖之、

〔箋注倭名類聚抄  四飯餅〕
玉燭寶典引作俗重五月五日夏至同云々、先此二節一日、又以菰葉粘米、雜以粟、以淳濃灰汁之令熟、二節日所尚啖、藝文類聚引作仲夏端五、烹鶩角黍、端、始也、謂五月五日也、又以菰葉粘米、煮熟謂角黍、初學記引作菰葉粘米、以象陰陽相抱裹未分散、太平御覽三十一引作仲夏端五云々、先節一日、又以菰葉粘米、以栗棗灰汁煮令熟、節日啖、齊民要術引作俗先以二節日、用菰葉黍米、以淳濃灰汁之令爛熟、於五月五日夏至之、粘黍一名糉、一名角黍、蓋取陰陽尚相裹未分散之時象、御覽八百五十一引略同、各書所引、皆有小異、而齊民要術所引、與此略同、

〔本草綱目  二十五穀〕
糉〈綱目〉 釋名、角黍、〈時珍曰、糉俗作粽、古人以菰蘆葉黍米、煮成尖角、如椶櫚葉心之形、故曰糉、曰角黍、近世多用糯米矣、今俗五月五日、以爲節物相餽送、或言、爲屈原此投江、以飼蛟龍也、〉氣味、甘温無毒、主治、五月五日取椶尖、和截瘧藥良、〈時珍〉

〔掌中歴  上歳時〕
節日由緒五月五日荃纒チマキ 高辛氏惡子、乘船渡海、忽暴風、五月五日沒死海中、其靈成水神、以色糸荃纒海中、變化五色蛟龍、海神惶隱敢不害、

〔世諺問答〕
五月 問て云、けふ〈◯五日〉ちまきくふは、何のゆへにて侍るぞや、 答、むかし高辛氏の惡子、五月五日に、舟にのりて海をわたりし時、暴風にはかに吹て、なみにしづみけるが、水神となりて人をなやましけるに、ある人五色の糸にて、ちまきをして海中になげ入しかば、五色の龍となる、それよりして海神人をなやまさずと申つたへたり、または屈原汨羅にしづみ魚腹に葬せし、楚人のまつりし供物とも申にや、

〔續齊諧記〕
五花絲粽 屈原五月五日投汨羅水、楚人哀之、至此日竹筒子米投水以祭之、漢建