古事類苑>歳時部十三>年始雜載>十五日粥>粥杖
第 1 巻 923 頁 画像表示

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〔坂井家日策〕
天保七年正月十五日、朝小豆がゆ祝ふ、御住居〈◯廣島藩主淺野齊肅妻徳川末姫〉〈江〉白酒三升大徳利に入上る、

〔大江俊矩記〕
寛政九年正月十五日丙辰、早天小豆粥餅祝夕節等家禮如例、

粥杖
〔倭訓栞  前編六加〕
かゆづゑ 粥杖也、かゆの木とも見ゆ、幸の神祝と稱するも同じ、正月十五日粥を燒たる木を削りて杖とし、子もたぬ女房の後を打ば、男子を産といへり、その事源氏、狹衣、枕草紙などに見えて、むかしは諸國にても、新婦を迎へし正月には、よめたヽきと稱、今いせの神宮あたりにも有、

〔簾中舊記〕
正月御つへの事一御杖と申事は、十五日のあした、とく、さぎつてう、おもてにて御覽じ候てのち、いつもの御所にて、上様はじめまゐらせ候而、御女房衆の右の御かたのうゑを、三づヽそと御うち候、その御杖に御あたり候が、御面目にて候、ちとはくををかれ候て、春の野のゑなどろくしやうゑに、かヽれ候とて候、

〔日本歳時記  二正月〕
十五日 今日粥杖とて、松枝柴などにて女の腰をうてば、子をうむまじなひとていまもする事なり、但今は小兒の戲事となりて、男のわらはおほくむらがりて、道路にたヽずみ、道行女をうつなり、北國には松の枝を五色にいろどりて、それにて女を打所あり、西國には、棒にて女をうつ所あり、故に所により、今日は婦人女子外に出ず、凡かうやうの事は、其父兄、その所司、禁じて人をなやますべからず、

〔民間年中故事要言  二正月〕
粥杖 十五日ニ粥杖トテ男兒ノ戲ニスル事アリ、〈◯中略〉美濃國泳宮ノ村ニハ、正月十五日ニ新ニ杖ヲ削テ、其削屑ノ縷ノ如クナルヲ杖ノ頭ニ殘テ、名テ削掛トイフ、是ニテ女ヲ笞テ、大ノ男十三人トイヘリ、然レドモ其義ヲ知ル者ナシ、是モ男子ヲ生コトヲ求ル祝コ