古事類苑>歳時部十三>年始雜載>千秋萬歳>參朝廷
第 1 巻 885 頁 画像表示

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垢を著、小サ刀を帶す、舞時は兩人共に脱劒也、歳若は萬歳烏帽子素襖著、〈但下は半袴の如く裾短也、素襖花色、肩に模様有、紋所無之、〉縬熨斗目〈紋は丸の内に笹輪頭を附、則小泉氏の紋所也と云、〉を著、刀脇指を帶す、扨羯鼔中啓を持、〈但豐後羯鼔を手に持、手にて打之、歳若は何も不持して舞、地也、〉唄ひ物は委敷は存不申候、三番叟の舞の翁の舞に似よりしが、始めには、 トウ〳〵タラリ〳〵ラフ、其次に壹本の柱より十貳本の柱と申、神々の御名を申終て、徳若に御萬歳と枝も榮へ益〈シ〉マス、愛敬ありける新玉の年立カヘル日の朝夕より水も若やぎ、木も芽も咲榮へけるは、誠に目出度候へける、 北面の武士大紋長袴にて、御階の左りに有て、〈附小サ刀ヲ帶シ、床几ヲ用ユ、〉 勇みませいと大音にて申 其後のうたひ候は、空穗猿の猿の舞にうたひ申候に似よりし様に存候、又太子御誕生の事などあり、其跡は年々替り候事に承候、舞終候と、五位殿上人中啓を持參にて、御階〈御階十二段有〉六段目にて、北面へ御渡し、北面より豐後へ被下候、弓場殿〈此所土間故、蓙を敷、弓場殿ハ日華門ノ邊ニアリ、〉にて休息仕、御料理御酒、御鏡餅頂戴仕、勘解由使青銅貳拾貫文、米壹石持參にて、中啓と取替に相成申候、 中宮様へ參り候節、御庭にて舞始り候と、女孺と見へて、白小袖に緋の袴を著、檜扇にて顏をかくし、御階の上に立て、いさみませいと大音にて候と、御翠簾の内大勢の女中の聲にて笑ひ候事、御庭迄聞へ、女孺も早くかけこみ申候、 頂戴物は御翠簾の内より、段々紙に包し鳥目、其外色々の物なげ出し頂戴仕候、其内に金壹分五ツ、五色の絲にて能々からみ候が壹ツ御座候、是は中宮様より賜はり候歟、其外院の御所方、右之通に御座候、 宮方公家方は、御召御座候得者參り申候、御召これなきはまいり不申候、〈附素足にて草履ははき候事〉 抑萬歳の濫觴者、神武帝の御宇、大和國橿原郡におゐて、音頭を取し者のよし也、數代の後絶家す、其後同州小泉村の者へ勅有てより以來、其事を勤む、元來名も無き者ゆへに、唯千秋萬歳と申す名に稱し來り候、然者いつのころよりといふ事をしらず、また小泉豐後と申ことも古き事なり、清明は同所の生れにして、豐後方にては血筋のやうに申せども、安家〈今の土御門家なり〉にては別家の様に仰せられ候、今に出入は仕