古事類苑>歳時部三>年號上>年號通載>朱鳥
第 1 巻 160 頁 画像表示

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〔一代要記  天武〕
朱鳥〈◯鳥、原誤作雀、〉元年丙戌、大和國獻赤雉、因瑞改元、

〔愚管抄  一皇帝年代記〕
天武十五年〈元年壬申◯中略〉 朱鳥アカミトリ八年○○〈内一年元年丙戌/○○◯中略〉持統〈女〉 十年〈元年丁亥◯中略〉 朱雀、のこり七年、

〔萬葉集  一雜歌〕
于紀伊國時、川島皇子御作歌、或云、山上臣憶良作、白浪乃シラナミノ濱松之枝乃ハママツガエノ手向草タムケグサ幾代左右二賀イクヨマデニカ年乃經去良武トシノヘヌラム、〈一云、年者經爾計武トシハヘニケム、〉 日本紀曰、朱鳥四年庚寅○○○○○○秋九月、天皇幸紀伊國也、

〔萬葉集  二挽歌〕
柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女、忍坂部皇子歌一首并短歌、飛鳥トブトリノ明日香乃河之アスカノカハノ上瀬爾カミツセニ生玉藻者オフルタマモハ、〈◯中略〉 日本紀曰、朱鳥五年辛卯○○○○○○秋九月己巳朔丁丑、淨太參皇子川島薨、

〔萬葉集  一雜歌〕
石上大臣從駕作歌吾妹子乎ワギモコヲ去來見乃山乎イザミノヤマヲ高三香裳タカミカモ日本能不所見ヤマトノミエヌ國遠見可聞クニトホミカモ、右日本紀曰、朱鳥六年壬辰○○○○○○春三月丙寅朔戊辰、以淨廣肆廣瀬王等留守官、〈◯中略〉 辛未、天皇不諌、遂幸伊勢、 五月乙丑朔庚午、御阿胡行宮、  藤原宮之役民作歌八隅知之ヤスミシヽ吾大王ワガオホキミ高照タカヒカル日之皇子ヒノミコ荒妙乃アラタヘノ藤原我宇倍爾フヂハラガウヘニ食國乎ヲスクニヲ賣之賜牟登メシタマハムト、〈◯中略〉右日本紀曰、朱鳥七年癸巳○○○○○○秋八月、幸藤原宮地、 八年甲午春正月、幸藤原宮、 冬十二月庚戌朔乙卯、遷居藤原宮

〔日本靈異記  上〕
忠臣少欲足諸天見一レ感得現報奇事縁第廿五有記曰、朱鳥七年壬辰○○○○○○二月、詔諸司、當三月行伊勢、宜此状而設備焉、◯按ズルニ、續日本紀ニ、白鳳以來朱雀以前トアレバ、朱雀ハ白鳳ヨリ後ナルコト著シ、蓋シ諸