古事類苑>方技部五>暦道上>始用暦日
第 25 巻 317 頁 画像表示

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〔暦法新書  十五〕
三天暦
國史曰、陽神左旋、陰神右旋、分巡國柱、同會一面、〈臣○土御門泰邦〉謹案、國柱者即地也、太陽常左旋、大陰常右行會一面、則合朔之理可知也、又曰、表筒男命、中筒男命、底筒男命、〈臣〉謹案、表上也、夏至之日道、中平分也、春秋二分之日道、底下也、冬至之日道、故先儒謂之日道三天也、筒者圓々之貌、男者盛陽之稱也、暦家之法、端二至二分、則其餘從而自正矣、開之則三天三道、約之則一天一日、包羅六合、照映萬物、夫萬世之暦法、無於爰而已、

〔眞暦考〕
そも〳〵上の件のごと、トキのはじめなども、きはやかにはあらず、月次も日次もなく、又かの天の月による月は有しかども、別事にてありつるなど、すべて事たらはぬに似たれ共、然思ふは、よろづこまやかにこちたきをよきにする、後の世の心にこそあれ、上つ代は、人の心も何もたゞひろく大らかになむ有ければ、さて事はたり、〈○註略〉またかの空なる月による月と、年の來經キヘとをしひてひとつに合すわざなどもなくて、たゞ天地のあるがまゝにてなむ有ける、此二方を、暦に一つに合せたるは、いと宜しきに似たれども、まことは天地のありかたにはあらず、もししか一つなるべきことわりなりせば、もとよりおのづからひとつなるべきに、さはあらで、おくれさきだち行たがふは、必別事にて有ぬべきことわりあることなるべし、〈○中略〉
これぞこの天地のはじめの時に、皇祖神の造らして、萬の國に授けおき給へる天地のおのづからの暦にして、もろこしの國などのごと、人の巧みて作れるにあらざれば、八百萬千萬年を經ゆけども、いさゝかもたがふふしなく、あらたむるいたづきもなき、たふときめでたき眞の暦には有ける、

〔比古婆衣  一〕
日本紀年暦考