古事類苑>方技部四>天文道>天文器
第 25 巻 296 頁 画像表示

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同じき七卯のとし十月、善兵衞再びきたり、前の製せしよりも更に大にして、星をみるも亦明なるものを携へて觀せしむ、歳星をみるに、星面に三帶ありて、三〈ツ〉引の紋のごとし、鎭星を見るに、一〈ツ〉の輪ありて、本星を斜に纒へり、其輪左のかたは本星の上にかゝり、右のかたは本星の下に入る、其輪本星の上下に出るゆゑに、長く米粒ごとく見えしなり、後又明年辰の春同じくこれを見ず、時に太白星をみるに、すこし虧て十二日の月を見るがごとし、銀河の中の最白きを見れば、細小の星數十百千聚て、紗囊に螢を盛ごとし、鬼宿中の白尸氣をみるに、小星廿八聚りたるなり、以上は橘南谿漢文に記されしを和してこゝに擧ぐ、〈予〉は天學のこと露ばかりも窺はざれば、一言をいるゝに由なし、彼岩橋善兵衞が奇工、實に希代のことゝすべし、京師にも又七なるものゝ自鳴鐘に奇工を盡し、蠻製の器物などたがはず摸せるたぐひ、すべて人の才は他より計るべからざるものなり、

〔寬政暦書  二十四儀象誌〕
蠻製寒暖儀〇〇〇并蠻製驗氣儀〇〇〇〈○中略〉
寒暖儀之制、本邦既精良矣、然驗氣儀、理及其制未善、故二儀共就蠻製其式、〈○下略〉

〔蘭學事始  上〕
故の相良侯、當路執政の頃にて、世の中甚だ華美繁花の最中なりしにより、彼舶より、ウエールガラス、〈天氣撿器〉テルモメートル、〈寒暖撿器〉ドンドルガラス、〈震雷撿器〉ホクトメートル、〈水液輕重淸濁撿器〉ドンクルカームル、〈暗室寫眞鏡〉トーフルランターレン、〈現妖鏡〉ゾンガラス、〈觀日玉〉ルーブル、〈呼遠筒〉といへる類ひ、種々の器物を、年々持越シ、其餘諸種の時計、千里鏡、ならびに硝子細工物の類、あげて數へがたかりし、〈○下略〉

〔天文義論  上〕
問、近代ニ至テ、戎蠻ノ天學、唐土ニ入テヨリ、中華ノ天學廢レテ、戎蠻ノ天學隆ンニ行ハルト云人アリ、然ラバ戎蠻ノ天學ハ、璿璣渾天ノ説ニモ勝レル者乎、如何、
 曰、大明萬暦ノ比、戎蠻ノ天文説、中華ニ入テ、測量圖器ヲ傳ヘタリト云リ、其比、日本筑紫ニモ、蠻