京都新町三井高遂収集文書である。水谷家は江戸中期から和歌山藩三度飛脚問屋を勤めながら、江戸仕入方松坂御用所の御用達をも兼ねていた。明治維新後の郵便事業再編の中、。水谷家も「勢州松坂廻漕会社」を大口村に設立し、のち「東京廻漕会社出張所」となり営業を行っている。その後、内国通運会社松坂分社取扱人を経て、松坂郵便局の取扱役、のちに局長を務めた。 本文所群は、近世の和歌山藩御用、飛脚仲間、近代の廻漕業、松阪郵便局関係文書とで構成される。341点。
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