【近江国蒲生郡南津田村文書】
識別記号 ac1958014.01
資料記号 33N-1
標題 近江国蒲生郡南津田村文書
年代 1717年~1924年
主年代
年代注記 1717(享保2)年-1924(大正13)年
記述レベル fonds
書架延長/数量 9m/1008点
物的状態注記 1008点(17箱)、未整理9箱(戸長役場文書)
出所・作成 南津田村
履歴 故紙業者より購入した文書群であり出所情報を欠くが、私文書の類が全く見えない点、近世後期に庄屋が頻繁に交代している点、そして、幕末の史料に「会所」といった表記が見られ、それが明治十年代まで続き、戸長役場の史料が見られることなどから、本文書は近世後期から村方が共同管理してきた文書が、戸長役場を経て村役場で保管されてきた可能性が高い。こうした管理方法と関連するものか、庄屋の個人名が帳簿類に記されるケ−スは少なく、「庄屋・年寄」「南津田村会所」などと記される。なお、近世後期の庄屋には梅野五兵衛、速水佐兵衛、忠助、長右衛門といった名前が見える。 同村の支配は近世前期は幕府領であったが、1698(元禄11)年に旗本朽木領となり、陣屋も同村に設けられた。しかし、1834(天保5)年頃再び幕府領となり、信楽代官所の管轄となった。琵琶湖東岸に位置し、新田開発により、津田栄新田が近世後期に開かれた。『旧高旧領取調帳』によれば、村高は110石余である。漁業が盛んであり、持ち舟も多い。また、葭の販売なども見られる。武佐宿へ助郷を勤める。近代になり大津県、1872(明治5)年滋賀県下となる。1889(明治22)年市制町村制の施行により周辺村とともに山岡村を構成した。
(関係地)近江国蒲生郡南津田村‐大津県蒲生郡南津田村‐滋賀県蒲生郡第四区南津田村‐岡山村南津田‐近江八幡市南津田町[現在]
(主題)―
(役職等)―
伝来 1958年度に故紙業者より購入。
入手源 故紙業者
範囲と内容 南津田村文書は、(1)庄屋文書、(2)戸長役場文書からなると見られる。(1)は南津田村と津田栄新田の2つの文書群と見ることも可能であるが、両村のものが1冊の帳簿に仕立てられることもあり、両者を必ずしも独立した文書群とすることはできない。文書では、年貢、土地、助郷など村方の基本帳簿が近世後期に限られるがよく揃っている。また、葭の売買に関わっては葭仲間、漁業では魚仲間があり、近代まで連続しているが、これを独自の仲間組織と捉え得るかどうかは今後の課題である。(2)では租税・財政、衛生、学校、兵役に関するものなどがよく残っている。また、帳簿の作成主体に注目すると、会所、会議所、惣代会所、公務所といった表記が戸長役場と同様に頻発する。
評価選別等スケジュール
追加受入情報
整理方法
利用条件 未整理分は閲覧できない。
使用条件
使用言語 JAPANESE
物的特徴及び技術要件 一部、虫損・ふけによる傷みが見られる。
検索手段 カード目録
原本の所在
利用可能な代替方式
関連資料
出版物
注記
収蔵名称 国文学研究資料館(歴史資料)

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