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6巻 軽口御前男

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傍記なし

とらへ、銭弐百文にぎらせ、さきほどより御太儀や。ほね
おりや。ちか比すこしながらと、とらせければ、偸人きも
を潰し、是ハめいわく。此やうに御いんぎんに被成ますれ
ば、かさねて参りにくいと時宜をしければ、ていしゆ、さ
ても其方ハ盗人の中でも、りちぎ者じや。(四ウ)

父なし子
下女なれどかたち人なミに、折+御客もあれバしやくに
出て、おもひ入たる人の付ざしをのみけるに、ほどなく懐
胎し、きのどくながら月をかさね、今朝やす+と産おと
し、見ればあたまなく、手ばかりの子なり。人※ふしぎ
に思ひ、かの下女にたづねければ、別におぼへもなし。彼
付さしのとき、肴に蛸をたべましたといへば、そばなる人
申されしハ、さやうの事も有べし。上ノ町の又兵衛の内義
ハ大酒呑じやが、さかづきなしに引かたふけ(五オ)呑れた
れば、徳利子を生れたといハれた。

子が才覚
ある人、五つばかりに見ゆる子に銭壱文渡し、酢買てこい
といふ。むすこ、がてんして行けるが、酢はかハずして、
餬を買て帰りける。母おや見て、是ハ醋でハない。しやう
ねなしめとしかりけれハ、子息せかぬ皃で、のりハこぼれ
いでよいさかいで、買て来ましたといふた。

欲からしづむ淵
さる所に、子弐人もちたる有けり。壱人ハまゝ子成(五ウ)
ければ、にくさの余り、寺へ行て長老様を頼ミ、子共の名
を付かへてもらふ。兄ハずいぶんミじかき名、弟ハひさう
子で御座ります。成ほど長き名をと、このミければ、長老
様、がてんじやとて、兄をによぜがも、弟をバあのくたら
三びやく三ぼだいと付給ふ。ある時によぜがも、川へ行て
ながれければ、近所の者出て、やれ、によぜがながるゝハ
と、やがて引あげ、あやうき命たすかりける。其後又、弟
水遊してながれければ、母おや、かなしや。あたりに人ハ
(六ノ九オ)ないか。あのくたら三びやく三ぼだいが流れま
すといふ間に、行衛なかりける。母おや、ぬからぬかほで、
三百をすてたら、たすかろ物をとなかれた。
傍記あり

とらへ、/銭(ぜに)弐百文にぎらせ、さきほどより御/太儀(たいぎ)や。ほね
おりや。ちか/比(ごろ)すこしながらと、とらせければ、/偸人(ぬすびと)きも
を/潰(つぶ)し、/是(これ)ハめいわく。此やうに御いんぎんに被成ますれ
ば、かさねて参りにくいと/時宜(じぎ)をしければ、ていしゆ、さ
ても其方ハ/盗人(ぬすひと)の/中(うち)でも、りちぎ/者(しや)じや。(四ウ)

/父(てゝ)なし/子(ご)
/下女(げじよ)なれどかたち人なミに、/折(おり)+御/客(きやく)もあれバしやくに
/出(で)て、おもひ入たる人の/付(つけ)ざしをのみけるに、ほどなく/懐=
胎(くわい=たい)し、きのどくながら月をかさね、/今朝(けさ)やす+と/産(うミ)おと
し、見ればあたまなく、手ばかりの子なり。人※ふしぎ
に思ひ、かの/下女(げじよ)にたづねければ、/別(べつ)におぼへもなし。/彼(かの)
付さしのとき、/肴(さかな)に/蛸(たこ)をたべましたといへば、そばなる人
申されしハ、さやうの事も有べし。/上(かミ)ノ町の又兵衛の/内義(ないぎ)
ハ大/酒呑(さけのミ)じやが、さかづきなしに/引(ひつ)かたふけ(五オ)/呑(のま)れた
れば、/徳利子(とつくりご)を/生(うま)れたといハれた。

/子(こ)が/才覚(さいかく)
ある人、五つばかりに見ゆる子に/銭(ぜに)壱文/渡(わた)し、/酢(す)/買(かふ)てこい
といふ。むすこ、がてんして/行(ゆき)けるが、/酢(す)はかハずして、
/餬(のり)を/買(かふ)て帰りける。/母(はゝ)おや見て、/是(これ)ハ/醋(す)でハない。しやう
ねなしめとしかりけれハ、/子息(むすこ)せかぬ/皃(かほ)で、のりハこぼれ
いでよいさかいで、/買(かふ)て/来(き)ましたといふた。

/欲(よく)からしづむ/淵(ふち)
さる所に、子弐人もちたる有けり。/壱人(ひとり)ハまゝ子/成(なり)(五ウ)
ければ、にくさの/余(あま)り、/寺(てら)へ/行(ゆき)て長/老様(らうさま)を/頼(たの)ミ、子/共(ども)の/名(な)
を/付(つけ)かへてもらふ。/兄(あに)ハずいぶんミじかき/名(な)、/弟(おとゝ)ハひさう
/子(ご)で御座ります。成ほど/長(なが)き名をと、このミければ、長/老=
様(らう=さま)、がてんじやとて、/兄(あに)をによぜがも、/弟(おとゝ)をバあのくたら
/三(さん)びやく/三(さん)ぼだいと付給ふ。ある/時(とき)によぜがも、川へ行て
ながれければ、/近所(きんじよ)の/者出(ものいで)て、やれ、によぜがながるゝハ
と、やがて引あげ、あやうき/命(いのち)たすかりける。/其後(そのゝち)又、/弟(おとゝ)
水/遊(あそび)してながれければ、/母(はゝ)おや、かなしや。あたりに人ハ
(六ノ九オ)ないか。あのくたら三びやく三ぼだいが/流(なが)れま
すといふ/間(ま)に、/行衛(ゆくゑ)なかりける。母おや、ぬからぬかほで、
三百をすてたら、たすかろ物をとなかれた。